鍼灸の実技: 第3節 押手

鍼灸の実技:序・目次


第3節 押手


 押手は刺鍼に際し、刺鍼部の皮膚を押える方の手ということである。したがって右利きのものは左手が、左利きのものは右手が押手となる。押手の作用を分析してみると次の3点にすることができる。

1.押手圧

①左右圧(水平圧、地平圧):刺鍼に際し押手の拇指と示指で、鍼体を撮む力をいう。刺鍼部を押えた拇指と示指の鍼体を撮む力が弱ければ鍼体がふらふらして、刺鍼運手が思うようにできないものである。またあまり強くとも、刺鍼運手に差支えるものであるから、適当な力であることがのぞましい。
 従って刺鍼部の状況によって、技術の与えよう、目的によって、押手の拇指と示指との形態が変換することになる。古法における《満月の押手》《半月の押手》は拇指と示指の形が、正円か半月状かでつけられた名であり、註1.『杉山真伝流』の押手式にある。註2.半円押手、曇立押手、打捻押手、惣反押手、打鍼押手、三本捨鍼押手、指外押手、筒立押手、離立押手、本福押手、三枚立押手、帰反押手、気指押手、手掌押手、反打押手などは多く、この拇指と示指の鍼を撮む形につけられた名である。が時として、押手の他2、3の指、または全部を『左右圧』の作用に用えることがある。故吉田弘道氏の《撮み鍼法の押手》なども全指を用いた押手と考えることができる。

②上下圧(鉛直圧、垂直圧):押手の拇指と示指で、刺鍼部の皮膚を下圧する力をいう。この圧力も刺鍼部の皮膚、筋肉の緊張度、硬さにより、刺激の場所、病人の種類、病症、技術の種類によって増減するものであるが、昔から『銀四匁』の重さが普通とされていた。

③固定圧(周囲圧):押手の拇指と示指以外の指、即ち中指、環指、小指の指尖部、小指の尺側部及び小指球、拇指球などで刺鍼部の皮上を圧する力をいう、つねにかならずこれらの全部を用うるとは限らない。刺鍼部の広狭によって、以上の部分の一部のみでよい場合もある。要するに刺鍼部を固定し、患者の急発の動揺を防ぐためのものであり、刺鍼部を固定し、刺鍼の周囲を安定せしむるものである。皮膚と筋層との転滑を防ぎ刺鍼し易くする。




2.押手の形態

①普通の押手の型:普通は鍼を把握するに最も都合がいいようにすべきであるが、昔からよく使われているものには、満月の押手、半月の押手というのがある。満月の押手というのは押手の拇指と示指の鍼を撮む、撮みを正円の形にすることであり、半月の押手というものはその形を半円形にするというのである。結局押手は刺鍼しやすくするためのものであるから。刺鍼部の状況によって、その形を変換せねばならないことになる。刺鍼部が狭いところ、例えば指趾端などに刺鍼するときは、押手の形はくづれて、押手の中指、環指、小指などで刺鍼部の指を撮むようにするから、形態も普通の形とかわるのである。つまりはこれも自然の形にするのがよい。鍼を中心として、その周囲に自然に置かれた指の状態にするのがよいのである。

②特殊の押手:押手は刺鍼の状況によって、その場によって、刺鍼しやすいように自然の形態にするのがもっともよいのであるが、ときとして刺鍼の目的によって、特殊の形態にすることがある。これは『杉山真伝流』などには《十四の押手》などと称し、詳記してある。故吉田弘道氏に《撮み鍼の押手》という特殊な押手の形がある。これは筋肉層内を刺的対象とする時、例えば異常緊張の筋繊維、筋膜、神経等のいわゆる生体内部を挿手の全指をもって撮んで刺鍼するのである。例えば肩こりに対して、緊張した深部の筋繊維を挿手の拇指、示指と中・環・小指とで僧帽筋部を撮み、拇指と示指間に針を立て、刺的物に対して刺入するのである。この押手は四肢に応用することが多い。

3.押手の作用

 押手は刺す鍼を中心として行うべきものであるから、いわば鍼を主とし、押手は副としての働きをもっているものである。この作用に対して現代的な意義と古典的な意義がある。

①現代的意義
1)取穴前後の刺鍼部揉撚法を行う。
2)鍼体鍼尖の把持固定をする。
3)皮膚の緊張を適当にし、時と場合によって、刺入刺法の介助となる。
4)患者の急動に備え、押圧を加減し、感受機能を調節する。

②古典的意義
1)押手は《経気を知る》と古典にある。これは刺激による生体反応を知るということである。
難経78難に《鍼をなすことを知るものはその左(押手)を重んずる。鍼をなすことを知らざるものは、その右(刺手)を重んずる》と記載している。これは《経気》即ち、生体反応を知るということである。
2)刺手に相応ずる、これは刺手の運手に従って押手がこれと相応じて動揺し、鍼の刺激を目的に添うようにすることである。

註1 『杉山真伝流』は杉山和一検校の門流 島浦和田一、三島安一、和田春徹等によりて伝えられたもので、『杉山三部著』即ち、医学節要集、選鍼三要集、療治之大概集などを骨幹とし、これに臨床的血肉を与え、更に内経所伝の経義を添加し、広範なる《鍼学》の大教典として編輯されたものである。その伝承は多く口伝であるため異本があるが、本筋には甚だしい相違なく、殊に《手術百種、押手式》などは詳細を極めたものである。

註2 杉山真伝流の押手式

①平円押手、平の押手ともいう。拇指と示指との指端を合せ円形として、他の3指を伸し、鍼管を前2指の端間に保持することをいう。

②曇立押手、平円押手のように拇指と示指の指端を合せ、他の3指を屈して、中指の本節に合せ、指間に間をあらわすものである。

③打捻押手・平円押手のごとく拇指の本節より指端に至るまで平伏に備え、示指の指端を拇指の本節に合せ、この部で鍼管を2指で保持する。積聚痞塊の刺鍼に用う。

④惣反押手・拇指の内端を前面に備え他の4指を伸べて後面につけ、中指と示指との指端を揃え、鍼管を中指と示指との指端間に保持するものをいう。例えば患者と相対坐した術者が、患者の風池穴に刺鍼しようとするとき、術者の拇指を側頭窩につけ、他の4指を後頭部に置き、中指と示指間を風池穴に当て、鍼管を示中指頭間にはさみ立てるが如きをいう。

⑤打鍼押手(摘の押手)平円押手の如く、拇指と示指との指端を合せて、この端間に鍼管を特って、他の3指は三節のみを屈する形である。

⑥捨鍼押手 手掌より指端にいたるまで平伏に備え、中指と示指との指端間に鍼管を保持す。又中指と環指との指端間、環指と小指との指端間に鍼管を保持し各指端間に鍼を立てるのである。動気の不足、遠気の来るを候うときに用うという。

⑦指外押手 押手の示指より小指までの4指の三節を屈し、拇指の端を示指の端に寄せて鍼管を示指、中指、環指、小指間に立て刺鍼するのである。但し鍼を斜に立てる。

⑧筒立押手 筒立てとのみともいう。拇指と環指の指端を合せ、中指を環指の上に、示指を中指の上に重ね、小指は環指の背側に添うようにする。丁度筒の如くなる。拇指と環指との間に鍼管を撮み立てるのである。脇腹章門の辺、或は項背部刺鍼時に用いた、又は虚実を知るに用うという。

⑨離の押手 離礼立ちともいう。押手を平円又は曇立ての押手にして、刺鍼し、誘導を行わんとする時、刺手に鍼柄を持って、押手を開き、拇指以外の4指を開き鍼を前後左右に立てるときに用う。項肩胛部にこの押手法を用うという。

⑩本福押手、本福打鍼ともいう。この押手は示指より小指まで穴の周辺に立て、拇指の端を示指の指腹に合せ、鍼管を拇指と示指との間に斜めに保持する押手である。癲癇、狂走、痿症或は走者に用う。

⑪束の押手 この押手は中指と環指との三節を屈し、示指の指端な拇指の指腹に合せ走管をこの2指腹の間に斜めに保持するような押手である。中風不省人事、腹中の大動気に用う。

⑫三枝の押手 三毎の押手ともいう。これは3本捨鍼の押手のように、指端を揃えて、押手を平伏に備え掌を重くして、指端を軽くし、拇指と小指は全く開くか、又は小指は環指に付けて、開くこともある。中指と示指は指端を揃えて、この2指間に鍼管を保持する押手をいう(肋下に手を供するが如く、示指、中指、環指を伸して平に皮上に供する)。

⑬帰反押手 反の押手ともいう。この押手は平円の如く、拇指と示指との指端を合せ中指、環指を斜めに立てて環指にやや力を加えて重くし、小指を開き、軽く立てて鍼管をこの2指の間に保持する押手をいう。

⑭気拍押手 この押手は拇指と中指の指端を合せ環指と小指を少しく開き、斜めに立てて鍼管を指の間に保持し、示指を中指に添うようにして着ける、運手によっては示指を中指にかえることがある。また、この押手のことを《満月の押手》ということがある。

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